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第1回 OBセミナーのご案内

東京甲陽ネットでは、
各界で活躍するOBをお招きして、いろいろなお話をうかがうOBセミナーを随時開催いたします。
まず、第1回は財務省九州財務局局長の木下信行さんです。
バブル崩壊で巨額の不良資産を抱えて金融危機を引き起こした事案に対して、
金融監督庁、金融庁で処理にあたり、
一段落した一昨年から一年間、米・コロンビア大学に留学。
その成果を昨年論文としてまとめ、上梓されました。

1時間ほどのお話のあと、質疑応答の時間もとってあります。
多くの皆様のご参加をお待ちしています。

3月20日(月)午後6時20分~8時30分
  東京・新宿 マインズタワー15階 

1,000円
セミナー修了後、場所を移してミニ交流会を行います。(別途)
参加申込みには交流会への出席の有無もお願い致します。

参加申込み  tostaff@tokyo-koyo.net
(定員40名・当日まで受け付けます)



テーマ
「担保のパラダイム変革」
情報から見た銀行機能の一環として

講師
財務省九州財務局長
木下 信行 さん
(昭和48年卒=54回)


金融関係、企業の財務・法務担当、弁護士、会計士、
そして経営コンサルタントや経営者など、実務に携わる人はもちろん、
研究者も学生も、多くの方に聞いていただきたい内容です。



  木下さんは大蔵省に入省後、主として金融関係の部局に配置され、特に北海道拓殖銀行、山一證券の破綻後は、金融監督庁及び金融庁で、7年間、金融危機と不良債権問題への対応に従事されました。
 事態の一段落を受けて、一昨年夏から一年間、米・コロンビア大学に留学。
 昨夏帰国し、留学の成果をまとめた「銀行の機能と法制度の研究」(東洋経済新報社)を出版されました。
 関係者の間でも、「金融システムについて、最新の学問の目できちんと整理したもの」として、評価されています。





「担保のパラダイム変革」

情報から見た銀行機能の一環として

●前説
 銀行の機能の本質は情報処理にあり、不良債権問題の構造的な原因は、銀行制度のみならず、倒産制度を初めとする広義の金融制度が、グローバリゼイションや情報通信技術の革新化などの環境変化との間で摩擦を起こしたことにあった。
 とりわけ、不動産担保に依存した融資実務が大きな弊害をもたらしていた。
 米国で基本的なものとなっている流動資産担保とコベナンツを活用することで、銀行と企業のコミュニケーションを強化することができる。
 そのための環境整備は既に行われており、重要なことは、融資実務における固定観念からの転換である。

 

講師プロフィール

●現職
九州財務局長

●年齢
1954年12月16日生まれ、50歳

●出身
兵庫県西宮市

●略歴
1977年3月 東京大学 法学部 卒業
1977年4月 大蔵省入省
1980年3月 筑波大学経営政策科学研究科(修士課程)卒業
1983年7月 経済企画庁内国調査第1課専門調査員
1994年7月 大蔵省銀行局金融市場室長
1995年7月 金融情報システムセンター総務部長
1997年7月 大蔵省銀行局調査課長
1998年7月 金融監督庁企画課長
1999年7月 金融(監督)庁銀行第2課長
2001年7月 金融庁監督局総務課長
2003年7月 金融庁総務企画局参事官
2004年7月 コロンビア大学客員研究員
2005年7月 現職

●兼務等
埼玉大学経済学部客員教授、事業再生研究機構理事

●著書
「銀行の機能と法制度」(2005、東洋経済新報社)
「改正銀行法」(1999年、日本経済新聞社、編著)
「電子決済と銀行の進化」(1996年、日本経済新聞社、共著)
「日本の財政金融問題」(1986年、東洋経済新報社、深尾光洋編、共著)

●論文
「担保・保証と企業金融システム」(2004年11月、金融庁金融研究研修センターワーキングペーパー)
「企業再建と金融市場」(2002年10月、ジュリスト)
「情報通信技術の革新と金融システムの進化」(1999年6月、フィナンシャルレビュー)等

●甲陽時代のこと
>クラブ活動
→ 中学1年から、高校2年の冬まで、ずっとテニス部で暮らしました。
  戦績は大したことはありませんが、
  学年が後になるほど、ランクがあがったことが特徴です。

>いちばん思い出に残っていること。
→ 高校3年のテニス大会でシードをもらえる見込みがあったのに、
  高校2年の冬の実力試験で殆ど最下位という惨澹たる成績となったため、
  出場を掛けた親との約束でテニス部を引退せざるをえなくなりました。
  今は禁煙していますが、当時は、そのために酒とタバコをはじめました。

>担任の先生は?
→ 中島久先生(歴史)、谷本勇先生(英語)などでした。
  ただし、授業中は殆ど寝ていました。

>当時から現在のような方向を考えていらっしゃいましたか?
→ 天文学者になりたかったのですが、
  生活の目処がたたないと言われたこと、
  高校2年の時点では数学が全然できなかったことから、
  あきらめました。





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