開 催 日 2004年5月8日(土)
場   所 ホテル・ノボテル甲子園 鳴尾西の間
参 加 者 45名
特別参加 中島久先生・山本弘先生
「卒業以来やなあ~!」の声もあちらこちらで 45回生
卒業40周年記念
学年同窓会
大いに飲んで笑った一日でした
 昭和38年、「高校三年生」が大ヒット。翌昭和39年、甲子園を巣立つ。東京オリンピックの年だった。ビートルズがやってきた。大学では学園闘争の嵐が吹き荒れた。しかし高度経済成長のまっただ中。それぞれの分野へ、それぞれの目指すところへ、夢を持って突き進んでいった。オイルショック、低成長時代、安定成長時代を経てバブルの時代へ。思えば躍動感のあった時代だった。仕事も家庭も懸命に守ってきた。管理職として迎えたバブルの崩壊、リストラの波という試練。だが、いまようやく波待ちの港が見えてきた。陸に上がるもよし、もうひと航海目指すもよし。 
 
再会の日は素晴らしい天気に恵まれた。「君、誰やったかな?」「もうボケたんか」。握手、笑い、乾杯…。40年の久闊を一気に取り戻した一日だった。
川崎から参加した井上良彦さんの報告
 2004年5月8日(土)にノボテル甲子園にて甲陽45回卒業40周年記念同期会が45名の参加を得て開催された。中島久先生、山本弘先生のご出席をいただき、ご祝辞をいただいた。山本先生の乾杯の音頭で懇談が始まった。卒業後、初めて会う友人もいてなごやかに懇談が続いた。大きく変わっていて見わけがつかない人もいたが、話してみると高校時代の面影を残していた。また、ほとんど変わっていない人もいて、歩んできた道の違いを表しているのかと思われた。中島先生より今後の人生をどう生きるかというテーマが与えられ、そのテーマにもとづき各人が近況を報告した。第二の人生にふみだした人と、最初の人生で活躍している人がいた。
 恩師のメッセージが披露され、当日ご欠席の中川経治先生と村上千秋先生の近況を知ることができた。
 各クラス別に分かれて登壇し、学院歌、応援歌を斉唱したあと記念写真をとり、二次会に向かった。二次会は甲子園口シルクハットで開かれ、中野洋三君が途中から参加した。
 東京より門口正人君、金子俊六君、藤井義彦君、鶴田直宏君、長谷川祐蔵君、久保靖雄君および井上が参加した。

参加者
(上の写真の左から)
A組 山本健一、藤井義彦、鶴田直宏、平野義二、郷田賢治、人羅俊雄、田中和人、石井碧八、古出陽一、長谷川祐蔵、田中健一郎、仁科義昌、菅村誠、中島晨雄、橋本均、岩本康男、辻本勝見 B組 橘川武宏、十河勇、小林智夫、金子俊六、米田雅一、出田顕一、淺川賢司、武内一彦、臼井泰弘、山本健一、多田彰吾、柿崎成康、揚野寛、渡部賛、小西貞一郎、藤村正範 C組 木田隆也、南田幸一、西村貞一、門口正人、井上良彦、久保靖雄、塩田耕三、大田正彦、小西省三郎、佐藤悟久、中島裕之

 
会のためにお世話いただいた幹事の方々のご苦労に感謝いたします。
 揚野寛、橋本均、田中和人(陶製カップを提供)、西村貞一(フォトフレームを提供)、平野義二、米田雅一、小西省三郎、金子俊六の方々
 また佐治信忠氏よりサントリー株式会社のモルツビールが提供された。次回は1年後、もしくは2年後に集まろうと散会した。

中島久先生
山本弘先生
元A組
担任/故・永井先生
元B組
担任/村上先生
元C組
担任/故・池上先生
県柔連で活躍の平野義二君
写真はいずれも橋本均さん撮影または提供のものをトリミングして使わせていただきました。
中島久先生は2004年9月15日に逝去されました。謹んでご冥福をお祈り致します。(東京甲陽ネット)
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